東洋占術の起源と歴史

いま私たちが「占い」と呼ぶ東洋の各占術は、古代中国やインドに源を持ち、長い年月をかけて経典・暦・口伝として受け継がれてきました。 ここでは本サイトが扱う占術について、その起源と、日本へどう伝わり残されてきたかを占術ごとに辿ります。

宿曜(すくよう)

宿曜占星術の源流は、古代インドの天文学・占星術にあります。月が天を一周する間に通る星座を二十七(または二十八)に分けた「宿(ナクシャトラ)」の考え方が土台です。 これが仏教とともに中国へ渡り、唐の時代に密教僧不空(ふくう)が『宿曜経』として訳出しました。 日本へは、平安初期に空海(弘法大師)が唐から請来したと伝えられ、以後、暦や吉凶を読む「宿曜師」によって宮廷でも用いられました。 一度は衰退しますが、近現代に再び広く知られるようになり、今日に至ります。本サイトでは、その原典『宿曜経』の漢文にあたりながら二十七宿を解説しています。

九星気学(きゅうせいきがく)

九星の根は、古代中国の洛書(らくしょ)——9つの数を縦横斜めどの和も等しく並べた魔方陣——と、易の八卦にあります。 一白から九紫までの九つの星が、年・月・方位に巡るという体系は、長い時間をかけて整えられました。 これを「方位の吉凶」「いつ動くか」という実用の運命学として体系化・命名したのが、大正期の日本で園田真次郎です。 彼が「気学」と名づけたことで、現在の九星気学の形が広まりました。本サイトでは九つの本命星に加え、2026年の月別吉方位も算出しています。

四柱推命(しちゅうすいめい)

四柱推命は、中国で発達した子平(しへい)命理を源とします。生まれた年・月・日・時を干支で表し、その配合から宿命を読む方法です。 干支による占いの原型は漢代までさかのぼりますが、生日の天干(日主)を自分の中心に置く現在の形は、宋代の徐子平(じょしへい)によって大成されたと伝えられ、その名から「子平」と呼ばれます。 日本へ伝わったのち、江戸期に「四柱推命」という和名で広まり、東洋占術の王道として今日まで研究が続いています。

算命学(さんめいがく)

算命学は、中国の陰陽五行説と干支の理を土台とする占術です。古代中国に源を持つとされますが、現在の体系だった「算命学」として日本で整えられたのは20世紀のこと。戦後の昭和期に高尾義政らによって研究・公開され、広く知られるようになりました。 人の性質を「星」に置き換えて立体的に描く独自の方法(陰占・陽占、十大主星・十二大従星)が特徴です。

紫微斗数(しびとすう)

紫微斗数は、北極星にあたる「紫微星」を主星に据え、命盤を描いて運命を俯瞰する東洋占星術です。 その創始は、宋代の道士・陳摶(ちんたん/陳希夷)に帰せられると伝えられます。 中国で発達し、近代以降は台湾・香港で隆盛し、日本へは比較的近年になって本格的に紹介されました。十二宮・十四主星・四化という精緻な体系を持ちます。

大運(たいうん)── 運の周期

大運は単独の占術ではなく、四柱推命(子平)に組み込まれた「10年ごとに巡る運の周期」を読む仕組みです。 生まれ持った命式という設計図の上を、干支が順または逆に進み、人生の時期ごとの運勢を動かします。 「いつ動くか」を読むこの考え方は、子平命理の発達とともに整えられ、命式と掛け合わせて吉凶を読む要となっています。

※ 各占術の成立や創始については諸説あり、本ページは広く知られる伝承・通説にもとづく概説です。